ゆらめくクラゲは水族館の「救いの神」…約80種類を展示、山形・鶴岡の「かもすい」を訪ねる

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山形支局長 吉岡毅

 山形県鶴岡市の加茂水族館(かもすい)は約80種類のクラゲを展示しているクラゲに特化した水族館だ。ゆらゆらと動くクラゲを眺めて日頃の疲れを癒やそうと、7月中旬、「かもすい」を訪ねた。

クラゲドリームシアターをゆったりと泳ぐミズクラゲの姿に心が癒やされる
クラゲドリームシアターをゆったりと泳ぐミズクラゲの姿に心が癒やされる

クラゲ観賞と学びの空間「クラネタリウム」

 館内で最初に見られるのは庄内の魚たち。淡水魚、海水魚と続き、環境問題について考える展示もある。地元の魚のコーナーを過ぎると、いよいよクラゲたちとの対面だ。

 クラゲの展示エリアは「クラネタリウム」と名付けられ、形も大きさも様々な水槽が並ぶ。海の魚たちと比べ、クラゲは動きがゆっくりだ。ほとんど動かない個体もいて、宇宙空間を漂っているように見えなくもない。「クラネタリウム」のネーミングはピッタリだ。

英語では目玉焼きクラゲ(Fried egg jelly)と呼ばれるコティロリーザツベルクラータ
英語では目玉焼きクラゲ(Fried egg jelly)と呼ばれるコティロリーザツベルクラータ

 クラネタリウムには、バーのカウンターを連想させる解説コーナーもある。ここでは生まれたばかりのクラゲを顕微鏡で拡大してモニターに映し出したり、筒状の水槽が並んだ「クラゲチューブ」があったりして、ひと味違った方法でクラゲを観賞できる。飼育員による解説の時間も設けられ、知識を深めることもできる。

解説コーナーで行われる「クラゲのおはなし」。飼育員の解説で、知識を深めることが出来る
解説コーナーで行われる「クラゲのおはなし」。飼育員の解説で、知識を深めることが出来る

圧巻の「クラゲドリームシアター」

 クラネタリウムの大トリは「クラゲドリームシアター」だ。2014年にリニューアルした際に設置され、多くのクラゲファンを魅了している。円形水槽の直径は5メートル。ふわふわと漂っているのはミズクラゲだ。後方の通路から全体を眺めてみると、水槽の縁にいるクラゲたちは反時計回りにゆっくりと回っている。中央のクラゲたちは光の演出で、上方から泡が噴射しているようにも見える。

 シアターの大きさに圧倒されるが、間近で見上げると大小様々なミズクラゲに包み込まれるような感覚になった。そして、クラゲが動くゆっくりとしたリズムのせいだろうか、心が穏やかになったように感じた。

解説コーナーに展示されていたベニクラゲ(北日本型)。とにかくかわいい
解説コーナーに展示されていたベニクラゲ(北日本型)。とにかくかわいい

ピンチを救った「サカサクラゲ」との出会い

 かもすいはなぜ、クラゲに特化した水族館を目指したのか。館長の奥泉和也さん(60)と、前館長で名誉館長の村上龍男さん(84)に聞いた。

 村上さんが館長に就任したのは27歳の時。当時の鶴岡市立加茂水族館が民間に売却された直後のことだった。売却先の企業は周辺の観光施設を経営していたが、その経営がうまくいかず、水族館の収益で赤字を 補填(ほてん) することになったという。このため水族館には資金が残らず、新たな手立てを打てないまま来場者数が徐々に減少していったそうだ。

傘の縁が緑色に光るオワンクラゲ。2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩さんの研究対象だったことで知られ、発光展示の方法も下村さんが教えてくれた
傘の縁が緑色に光るオワンクラゲ。2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩さんの研究対象だったことで知られ、発光展示の方法も下村さんが教えてくれた

 こうしたなか、クラゲと出会ったのは1997年のことだった。この年に展示したサンゴの水槽の中に、奥泉さんが浮いている物体を発見。それが「サカサクラゲ」だった。他の水族館に問い合わせ、ホームセンターで売っている餌で飼えると教わると、2か月にわたって飼育を続け、500円玉ほどの大きさに成長してから展示した。するとクラゲが評判となり、客足も徐々に増えていった。これまでの展示と違って大喜びする客の反応に、村上さんと奥泉さんは「クラゲを増やそう」と決意した。当時の水族館は借金を抱えており、「翌年には閉館するかという状況だった」と村上さん。「経営的に見ると、救いの神がクラゲに姿を変えて現れてくれた」と回想する。

ミズクラゲの仲間のラビアータ。アメリカ北部やヨーロッパ西海岸に分布
ミズクラゲの仲間のラビアータ。アメリカ北部やヨーロッパ西海岸に分布

飼育用水槽を開発、そして世界一へ

 翌98年、クラゲの展示種類での日本一と世界一を目標に掲げたが、思うように事は運ばなかった。海でクラゲを捕獲するなどして展示を増やしたところ、クラゲは1週間生きればいいほうで、いとも簡単に死んでしまう。実はクラゲはとても飼育が難しい生き物。サカサクラゲはたまたま飼育しやすかったが、他のクラゲは水槽の水流の加減で底に沈んだり、水槽にこすれたりして死んでしまう。当時、クラゲの飼育が可能な水槽が販売されていたが、高価で買えなかった。

1999年に作成した設計図を再現する奥泉さん(右)と村上さん
1999年に作成した設計図を再現する奥泉さん(右)と村上さん

 解決策を探るべく、奥泉さんが粘り強く観察を続けてクラゲが死んでしまう原因を分析した。99年、ゆるやかな水流を生み出すことで問題を解決できる水槽の図面を作成し、村上さんに「造らせてくれ」と直談判。試行錯誤の末にオリジナルの水槽を完成させ、後の展示種類数日本一(2000年、12種類)、そして、世界一のギネス認定(12年、30種類)につながる礎となった。

 客足が上向いた後も、村上さんは経営者として自ら「クラゲを食べる会」を発案したり、クラゲの研究でノーベル化学賞を受賞した下村脩さんにアプローチしたりするなど、水族館に人を呼ぶ工夫を重ねた。下村さんは14年に名誉館長に就任した。従業員の背中も押し、多少の失敗には目をつぶった。一方、奥泉さんはクラゲが増えていく様子が面白くなり、研究に没頭。飼育のノウハウを積み重ねた。それぞれの立場で2人が奮闘したからこそ、今の「クラゲ専門店・かもすい」がある。話を聞いて、しみじみそう思った。

バックヤードに並ぶ水槽を見つめる村上さん(左)と奥泉さん。これらの水槽は奥泉さんが設計したもので、改良を加えて使われている
バックヤードに並ぶ水槽を見つめる村上さん(左)と奥泉さん。これらの水槽は奥泉さんが設計したもので、改良を加えて使われている

バックヤードツアーも開催

 続いて、奥泉さんにバックヤードを案内してもらった。入ってすぐに水槽がずらり。これらは過去に奥泉さんが設計したもので、現在はさらに改良を加えて使っているという。この日、久しぶりの訪問となった村上さんも笑顔で水槽を眺めていた。

 奥まで進むと、あの「クラゲドリームシアター」の上部に到着した。水流を作る装置の前で、奥泉さんが「10年かかってようやく完璧になった」と 安堵(あんど) したような表情で村上さんに語りかけた様子が印象深かった。

 かもすいでは1日に複数回、有料(500円)でバックヤードツアーを開催している。飼育員の解説を聞きながら「水族館の裏側」を見学できる。より深くクラゲを知りたい人にはお勧めだ。

1階ではアシカやアザラシを展示。餌やりの時間に顔を出すゴマフアザラシたちの表情が愛らしい
1階ではアシカやアザラシを展示。餌やりの時間に顔を出すゴマフアザラシたちの表情が愛らしい

来年から臨時休館、研究棟を新設へ

 水族館では現在、研究棟の増築工事が行われている。オープンは2026年4月の見通しで、かもすいは工事に伴って来年11月から臨時休館となる予定だ。クラゲの展示面積は約1・8倍に広がり、展示も100種類を目指す。拡張部分にはコンクリートで固定した水槽を置かず、将来の展開に合わせて変更できる仕様にするという。奥泉さんは「世界にまねができないものは出来た。これからも見応えがあり、お客さんが喜ぶ展示を目指していく」と話す。少し先のことになるが、展示がさらに増えたかもすいが楽しみだ。

プロフィル
吉岡毅(よしおか・つよし)
 1970年、東京生まれ。96年に入社して写真部に配属されて以降、写真畑を歩む。山形には今年6月に着任した。祖父がかつて働いた山形で仕事ができることをうれしく思っている。

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5608929 0 We Love みちのく 2024/07/25 12:00:00 2024/07/25 12:00:00 /media/2024/07/20240722-OYT8I50086-T.jpg?type=thumbnail

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